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実感に裏付けられた自然観を

5月の連休に奥多摩の山を歩いて来ました。ナラやミズキなどの鮮やかな新緑の中に、遅咲きの桜やこぶしが点在する風景は、輝くような生命力にあふれてい て、毎年のことながら、そのすばらしさに生き返る心地がします。この季節に、いっぱいに空気を吸い込んで野山を歩くことはたいへん贅沢なことに思います が、若者たちには存外人気がないようです。ハイキングに毛の生えた程度のコースですが、われわれのような中年の夫婦連れかグループがほとんどで、家族連れ も少なく、まして若者たちの姿は数えるほどしか見かけません。

いま地球環境の危機が叫ばれています。CO2の増大による地球温暖化の問題や、水質汚染などでもたらされた環境ホルモン増大による、重大な健康被害の顕在 化など、自然環境の衰退による生活環境悪化の問題が深刻化しています。都心から1時間強で行くことのできる多摩や秩父の山々は、東京にもこんな所があった のかと意外に思うほど、変化と奥行きのある豊かな自然が残っています。多くの森や林と、そこに蓄えられている水が温暖化防止や水系の維持に大きな役割を果 たしていることは間違いありません。そのような山林の効用や重要性を論じる際に、それらの緑の実際の姿を知らない若者たちが増えているのではないかという ことが心配になります。

アラスカの自然に魅せられて、ついにはアラスカに住みつき、クマに襲われて亡くなった写真家星野道夫の著書には、アラスカの自然を守るために様々な開発計 画と闘った研究者やエスキモー、アラスカインディアンなどの多くの人々の話が出てきます。それらの物語に共通しているのは、アラスカという地球に残された 数少ない本物の自然、人間の手のほとんど入っていない自然の厳しさと豊かさ、美しさに対する作者の深い想いです。そしてそこに生きる人々が、自然に対する 強い畏敬の念を持ちながら、その自然の持つリズムや流れの中で、生の営みを続けていくその知恵と勇気に対する共感です。

愛知万博の計画に対し、博覧会国際事務局が自然保護の観点から見直しを要求し、結局、万博後の住宅開発を断念し、計画変更を余儀なくされた経緯も、日本人 の自然保護に対する考え方や取り組みの浅さを露呈したものといえると思います。もっとも、計画予定地の海上の森地区の重要性にいち早く気付き、ヨーロッパ の万博事務局にまで計画見直しを働きかけた日本の環境保護団体の動きも、記憶にとどめておく必要があるでしょう。

文明の進歩と都市化の進展によって、生の自然にふれる機会はますます減ってきていますし、身近な自然の息づかいに対する感性も、だんだん鈍化してきているように思います。 地球環境を守っていこうという人類共通の課題を、観念的なお題目ではなく、実感を持った切実な言葉として語れる若者を育てていく必要があると思います。


建築ジャーナル 2000年 7月号

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「アジアの街で考えたこと」
建築ジャーナル 2000年11月号
「実感に裏付けられた自然観を」
建築ジャーナル 2000年7月号
「再び都市へ」
JIA機関誌 Bulletin 2001年5月15日号
「医師、弁護士、建築士」
建築ジャーナル 2000年3月号
「デラシネ建築家からコミュニティー建築家へ」
東京自治問題研究所 月刊東京
2000年2月号
「建築家は裸の王様か」
建築ジャーナル 1999年11月号
「公共意識の希薄化と新しい絆の回復」
建築ジャーナル 1999年8月号
「建築設計者は誰の味方か」
建築ジャーナル 1999年5月号
「不景気の極みの今こそ」
建築ジャーナル 1999年2月号
「絶対空間」
建築ジャーナル 1998年11月号
「想像力の衰退と環境ホルモン」
建築ジャーナル 1998年8月号
「あらゆる建築物は残すに値する」
建築ジャーナル 1998年4月号